大地震!その時、向陽台は?

1. 関東防空大演習をわらう
  昭和8年、信濃毎日新聞主筆の桐生悠々は、折から関東で行われた広域 防空演習を批判する記事を書き、その職を追われました。
しかしその後の展開は、彼が予言した通りとなり、火たたきとバケツリレーで空襲による火事 を防ぐことはできず、日本の主要都市は焦土と化しました。
 ところで、今後30年の間に、7割の確率で、M7級の大地震が南関東を襲う と、政府の地震調査委員会が警告を発しております(2004年8月25日発表)。
  多摩地区の場合は、この大地震とは別に、立川断層を震源とする多摩直下型 地震の発生というおまけまでついています。
  この対策には、国・東京都・稲城市、それぞれに真剣に取り組んでおり、街角に配備された防災倉庫を目に するだけでも、その努力は多としなければなりません。
  しかしながら、行政が立案するこの種の対策を見聞きするたびに、いつもかすかな違和感を禁じ えません。なぜでしょうか?それは、やむをえないことながら、これら広域 的な防災計画が総花的に過ぎ、地域の細部の特性にまで配慮が及んでいない からです。
稲城市だけを取り上げてみても、旧市街とニュータウン地区では、まるで地域の特性が違います。
それが違えば、防災対策もおのずから異ならざるをえないはずです。
  自分たちの身に何が起きるかは、お上の策定だけに頼るのではなく、その土地に住むわれわれ自身が、できるだけ想像力を働か せて考えてみようではありませんか。
表題の下に、今後、連載でこの問題を読者のみなさんと考えてゆきたいと思います。



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