大地震!その時、向陽台は?

2. われわれの建物はどのような土壌の上に建てられているのか?
  稲城市は平成3年に「稲城市史」を発行しましたが、その上巻・第一編の 第一章「地形と地質」において、89ページにわたり、詳細に稲城の地形・地 質を説明しております。
それを要約しますと、次のようになります。
  大昔(約13万年前)、東京湾は深く内陸部に入り込んでいて、古東京湾と 呼ばれる大きな湾を作っていました。その当時、多摩丘陵一帯は浅い海の状 態で、稲城市は北西方向より流れてくる古多摩川と称すべき河川の三角州を なしていました。こうして形成された稲城市一帯の土壌の大部分は砂で、 「稲城砂層」と呼ばれています。
  「稲城層、稲城砂層とも呼ばれる。稲城市の大部分はこの地層でできている といってもよい。なにしろ厚さが100メートルあまりあるので、丘陵の一つ の山が上から下までこの砂でできていることも珍しくない」と上掲書の62 ページに記されております。
  この稲城砂層の上部に、富士山・箱根山・八ヶ岳等の火山から風で運ばれてきた 火山灰が積って出来たローム層があり(2~3メートルほど)、内部のところどころ に洪水で運びこまれたレンズ状の礫(砂利)層が抱え込まれ、最上部には落葉から成る腐食土(黒土)が薄く 乗っているというのが、大雑把なわれわれの足下の状態です。
  稲城市の土壌を標本のように見せてくれる場所があります。稲城駅を出た 調布行き電車の進行方向右手に見えてくる、「西山大露頭」と呼ばれる、高 さ40メートル、巾500メートルの崖がそれです。この崖は最上部にわずかば かりの黒土とローム層を覗かせており、後はすべて稲城砂層で出来ています。
(注)われわれはこの尾根を「南山」と呼んでいますが、矢野口方面から は西に当たるため、「西山」という呼称もあり、「稲城市史」では「西山大 露頭」と記述されております。

  西山大露頭



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