高輪東禅寺 山門

 透谷は年譜によると、明治23年11月に弥左衛門町の親の家を出て、芝公園地内38号に移転と記されている。現在のどの辺に当たるのか、 港区郷土資料館に問い合わせて見たが、不明という返事であった。その後、25年5月17日に高輪東禅寺へ引っ越し、8月23日には芝公園20号 4番へ、11月3日には麻生箪笥町4番地へと、この年は転々と引っ越しを繰り返している。芝公園20号4番(教え子富井まつの実家(紙問屋) が持つ家作)については、港区郷土資料館より、現在地は東京タワーの南側の橋脚の下というご教示があったので、さっそく実地検分に出掛けてみた。
 梅雨到来を思わせる曇り日の日曜日、小田急線で代々木上原、日比谷と乗り継ぎ、御成門駅(都営三田線)で下車した。目の前にプリンスホテル が赤い東京タワーを背に視界いっぱいに広がっている。その横のプール(はやばやと泳いでいる人たちがいる)を抜けると、増上寺境内脇の坂道で、 道沿いの寺域には、赤ずきん・よだれかけ、風車を手にした水子地蔵が延々と続く。千体は越えるだろうか。あるかなしかの風に風車がくるくると廻る。
 南側の橋脚の下へ出ると、「展望台外装変更工事」と大書した、竹中工務店の白い防御壁があたり一面に建て廻されていた。道路を隔てた向かい 側から何枚か写真を撮る。橋脚の下は展望台へつらなるエレベーターが運行されている建物で、飲食店や土産物屋がひしめくが、そこを抜けると、向側は 道路を挟んで築山で、古びた祠が見える。これは透谷の時代から鎮座ましますであろうと、さっそく写真を撮る。築山の下は、都バス停留場で、客待ち 顔の一台が駐車していたので、さっそく次の予定地、品川東禅寺へと乗り込んだ。東禅寺は透谷夫婦が芝公園20号4番へ転居する3ヶ月前に住んで いた所で、話が前後するが、道順の都合で後回しとなった。


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