東禅寺 潺源亭(せんげんてい)

 バスはかって筆者が勤務していた界隈を抜けてゆく。この辺りは、昼休みの食べ歩きなどで、熟知しているはずなのに、巨大ビルが林立していて、まるで 見知らぬ街だ。品川駅は昔の古色蒼然とした駅舎を知る身には唖然とするような壮麗なビルに収まっていた。
 東禅寺を探し探し歩くよりはと思い、駅前からタクシーに乗る。ほどなくタクシーはとある坂の途中で止り、運転手は左手の小路の奥が東禅寺だと教えて くれた。小路には港区役所の木の標識が建っていて、そこに記された説明によると、坂の名は「洞(ほら)坂」と言い、昔この辺の字(あざ)を 「洞(ほら)村」と称したことによる、名の起源については、法螺貝が出たからとか、窪地だからとか諸説があると記されていた。人がどうやら擦り違える ほどの坂をゆるゆると登って行くと、すぐ下りに転じ、幾曲がりも曲がりながら15分ほど下ると、急に視界が開け、そこが東禅寺山門前だった。阿吽の 仁王像を両脇に並べた朱塗りの山門の前には、「国指定史跡 東禅寺」と題した朱塗りの案内板が立っている。「東禅寺は幕末の安政六年 (一八五九)、最初の英国公使館が置かれた場所です。東禅寺は臨済宗妙心寺派に属し、開基の飫肥藩主伊達家、岡山藩主池田家等の 菩提寺となり、また、臨済宗妙心寺派の江戸触頭でもありました。幕末の開国には、安政六年六月、初代英国公使(着任時は総領事) ラザフォード・オールコックが着任すると、東禅寺はその官舎として提供され、慶應元年(一八六五)六月まで七年間英国公使館として使用されました。  


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