向陽台    この計画は英国の「グレーターロンドン計画」を手本として作られたもので、真中に既成の市街地があり それを巾10キロメートルの「グリーンベルト」が囲み、その外に新しい衛星都市が配置されるという構造 になっております。
   当時の稲城町はこの「グリーンベルト」にすっぽりと収まっていたのです。
   稲城町議会はこの案に反対決議をし、その効果があったのか、昭和38年(1963)の改定案では、稲城町 も計画案に加えられました。
  昭和40年(1965)に作られた、第6次案「多摩ニュータウン開発計画1965」はこの改定案をさらに修正 したもので、これがマスタープランとなりました(この案による開発区域は3000ヘクタールと当初案の2倍 になっております)。
  稲城地区に建設大臣の事業認可が下りたのが昭和46年(1971)で、開発面積290ヘクタール、計画人口 28,000人1住区「向陽台」、2住区「長峰」、3住区「若葉台」となっております。
  実際に造成工事が開始されたのは昭和58年(1983)で、完成して向陽台(1住区)の入居が始まったのは 昭和63年(1988)です。三沢川分水路 初期入居は260戸でしたが、戸建ての最高倍率は2411倍とたいへんな人気でした。 実に認可から入居開始までに17年も掛かっております。
   なんで完成がこんなに遅れたのかという理由として、(1)用地買収の難航(2)埋蔵文化財の調査(3)雨水 排水処理(河川改修)工事の三つが挙げられております。特に(3)が最大の難点だったそうです。 地表をアスファルト等で覆ってしまうので、降った雨は排水溝に集められ一気に川へ放出されますが、氾 濫を起さぬようにするにはどうすれば良いかと知恵をしぼった挙句、三沢川分水路を建設することで問題を解決しました。



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